Asexual界隈をたゆたう

ノンセクシャル:ロマンティックアセクシャルの女の日記帳

得がたい幸せと赦し

好きな人からよく「(私)ちゃんには幸せになって欲しいからさ」と言われます。

 

彼は私のことを恋愛の意味では好きではないけど友達としてとても大切に思ってくれているので、今辛い恋をしている私のことを親身に支えてくれているのはよく分かります。

彼はつまり恋愛面での幸せ、ロマAでも受け入れてくれるパートナーを得て共に生きていくということを想定しているんじゃないかなと思います。

 

でもそれって私から1番遠い幸せなんじゃないのかな。

誰か気の合う人を見つけて相思相愛になれたとしても「果たしてこの人は私と性行為なしでお付き合いしてくれるのか。体も許してくれる別の人の元へ走ったりしないか?」という高い高いハードルが待ち受けています。

まだまだアセクシャルという概念が知られていない状況の中で正しく認識で私のことを受け入れてくれる人が果たしているのか。そして人生の中でその人とは出会えるのか。それってとてつもなく低い確率だと思うのです。

 

そんな現実はわかっているからこそ、自認してからずっとこんな私でも赦してくれる人がいるのだろうかと考えてしまいます。大して美人じゃないし、料理スキルとか気遣いとかいわゆる女らしさポイントが高い訳でもない。男ウケにも興味が無い。こんなのでも、体なしで、私が1番だと言ってくれる人が現れることでやっと私はこのままの自分で生きていくことを許せるんじゃないかな。

慰めだけで生きていけるほどこの世の中は平坦じゃない。